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武道と教育


武道と言えばよく言われる言葉があります。

「礼に始まり礼に終わる」

では礼とは何なのかと言えば
儒教の孔子までさかのぼることになります。

孔子曰く、人の道には仁と礼があります。
仁とは、ありがとうと感謝する心や尊敬の念、
また自分のわがままを抑える心といいます。
礼とは仁を形に表すこと、実際にありがとうと伝えたり
自分から積極的に仁を行動に移すことです。
また、仁と礼はどちらかだけでは意味がないとも孔子は伝えています。

そして仁の心は家族や先生など身近なところからしか
得られないとも伝えられています。

すなわち武道が礼に始まり礼に終わるということは、
まず仁の心を持つことから始まるのです。
そして仁を感じるところから始まるのです。

こう考えると武道をするというのは家族ぐるみの話で、
尊敬し合える仲間は家族同然とも言えます。

そもそも武道とは、戦国時代前後に殺傷や
護身を目的とした術、武術が元々です。
それは剣術、柔術、馬術、砲術など様々です。

それが明治以降武術の必要性がなくなり
「たしなみ」になっていきました。

その頃、柔術を稽古していた故加納先生は柔術を稽古していく中で
心身ともに鍛えられていくのを感じ、
これは教育に使えるのではと柔道に名を変え全国に広めました。

それに習い、剣術は「剣道」、弓術は「弓道」と名を変え 、
「武術」は「武道」に発展を遂げたのです。

すなわち武道とは武を極める道ではなく、
武を通して人間として成長することを目的としているのです。

現在、小さないじめから凄惨な事件までが混沌としています。
問題は社会の大きな流れ、悪循環もあるでしょう。
しかし、家族や友達に「ありがとう」と
「ごめんなさい」だけでも素直に思うことができ、
言葉に出して伝えることができれば実は多くの問題が
解決の方向に向かうのではないでしょか。

武道を通して、体を動かしストレスを発散し、
技術や体力をつけることで自信を育て、
「お願いします!」と稽古を始め、「ありがとうございました!」
と稽古を終えることで仁の心と礼の使い方を知る。

これら個の教育だけでなく、みんなが武道を通して他人から仲間になることで、
地域コミュニティーの形成のための力となり、その「武」ではなくそこから得た「道」の力で
地域から少しでも犯罪が減れば武道は非常に有意義なものとなり、
またそれを達成する力を持っていると思います。

なぜなら武道、特に躰道は礼法の比重が他の武道やスポーツに比べ非常に重いからです。
(法形、いわゆる空手でいう「型」では礼法自体が競技では評価基準となるほどです)

また武道で培われるのはただただ礼法や体力技術だけでなく、
勇気、決断力、持続力など生きていく上で必要なものばかりです。
武術は教育としての価値を見いだされ武道になりました。
格闘技としてではなく、教育としてこそ存在すべきなのだと私は確信しています。

 

 

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